「ありがとう」
礼を言って運転手に運賃を払いタクシーから降りれば、慣れ親しんだ懐かしの我が見える。

俳優をやるからにはもちろん自分が「主演」を張れれば気持ちが良い。
しかし、やはり「主演」であるが故にパーティやらインタビューやらの仕事がぎっしり入ってくるからなかなか大変だ。
映画が出来上がったからそれでおしまい、という訳には行かないのだから難しいものだ。
私はどちらかと言えば公の場に出るのは得意な方ではないので、これだけ人前に出る仕事がたくさん入るとさすがにうんざりしてしまう。

今回の仕事もそう言ったうちの一つで、『ヒダルゴ』のプロモのために2週間程かけて数国を回ってきた。
つまり我が家に帰ってくるのも2週間ぶりと言うことになる。
そんな懐かしの我が家にやっと帰って来れたのだから、安堵の溜息を一つや二つ吐いてもバチは当たらないだろう。
家には愛しい息子ヘンリーと愛しい恋人が私を待っていてくれている。
私ははやる気持ちを抑えつつも自宅のドアを開けた。


「ただいま」
家に入りダイニングとキッチンの隣接するドアを開けて声をかけると、そこには予想通りヘンリーとが居た。
「おかえり、ダディ!早かったね!」
「おかえりなさい、ヴィゴ!」
私の姿を確認した二人は満面の笑みと共に両頬にキスをして出迎えてくれる。
「もっと早くにきちんと教えてくれればよかったのに。ヴィゴったら空港から『今から帰る』なんて連絡よこすんですもの。帰ってくるのが今日ってハッキリ分かっていればヘンリーと空港まで迎えに行ったのに!」
が少し不満気に抗議する。
「いいよ。一秒でも早く帰ってきてゆっくり過ごしたかったし…」
それに、君のそんな可愛らしい顔も見たかったからね。

「ところで今はランチの仕度中かい?」
見たところはサンドイッチでも作っているようだ。
「そうよ。でもあとちょっとかかるけど」
「?まだ作るのかい?」
それぐらいの量があれば3人で十分腹いっぱいになると思うが…。
「これの半分以上はヘンリーが持っていっちゃうの。お友達の所で課題をやるんですって。勉強を頑張るヘンリーたちに私から差し入れv」
あぁ、なるほど、そういうことか。
「そういうこと。せっかくダディが帰って来たんだから久しぶりに3人でランチとりたいけどさ。でもディナーまでには帰ってくるから夜こそは3人で食べようね!」
「あぁ、楽しみにしているよ。―――じゃあもう少し時間があるようなら私はシャワーでも浴びてくるよ。実は結構埃っぽくてね」
私は苦笑して着ていたスーツを指さす。
「分かったわ。ヴィゴが出るまでには私たちの分も作っちゃうからね」
はその笑顔で私をバスルームへと送り出してくれた。


シャワーを浴び、自分に纏っていた埃っぽさを洗い流す。
家ではいつもラフな格好を好む私はジーパンとTシャツに着替える。
髪は荒っぽく拭いただけなのでまだ水気をかなり残していた。
このあといつもの如くに「また大雑把な拭き方をして!風邪でもひいたらどうするの?」と呆れ顔で言われてしまうだろう。
これが私の性格なのだからというのもあるが、その呆れ顔のまま私の髪を優しく拭いてくれる
を知っているから、最近は故意なのかもしれない。
に甘えることの出来る口実を一つ見つけ、悪戯めいた気持ちが芽生える。
もしに嫌がられても、ヘンリーに呆れられても、「久しぶりなんだから」と押し切ろう。
そう考えてバスルームを出……ようとした。

私が一歩バスルームから足を踏み出すと、突如響くの叫び声とガシャーン!という音。
驚いた私はそのままたちの居るダイニングキッチンへと走った。

「どうした!?」
私が慌てて部屋へ駆けつけると、ヘンリーの背中に隠れるようにくっついて涙目になっているがいる。
ヘンリーは苦笑しつつ、「大丈夫だよ、大げさな」とを宥めている。
キッチンの床には散らばった食器。
「…何があったんだ?」
私がもう1度尋ねると、ヘンリーが答えを教えてくれる。

「サンドイッチを作ってたの腕にクモが降ってきたんだよ」
「そ、そ、そ、そんな何でもないように答えないでよ!二人とも私が虫嫌い…とりわけクモは大っっっ嫌いなことは知ってるでしょー!?」
やれやれとばかりに私に事情を話したヘンリーにが抗議をする。
「腕にポトッて降ってきたのよ!?よりにもよって私の腕に!一瞬何か分からなかったのよ!で、何かと思って見たらそいつと目が合ったーーー!!」

そのあとは錯乱状態で叫びながら腕を振り回しつつ、近くにあった食器を落とした、と…。
私は堪えきれずに噴出してしまう。
「ヴィゴ!笑い事じゃない!!」
「いや、すまない。しかし不運だったな、。…クモも相当驚いただろうね」
目標誤っての腕に落ちてきたクモも、まさか自分のせいでここまで大事になるとは思っていなかっただろう。
「で、そのクモはどうしたんだい?」
「すぐさまボクが外に追い払ったよ」
ヘンリーが肩をすくめながら窓を指す。
「あ!ヘンリー!!クモ触った手で私に触れないでね!!」
その事実を思い出したのだろう、はパッとヘンリーから離れる。
…よほど嫌いなんだろうな。
「あ゛〜〜〜〜!!さっきの感触が消えない〜〜!!!」
涙目で自分の腕を擦る
「ごめん、ヴィゴ、ヘンリー!気持ち悪いから私もシャワー浴びてくる!悪いけど…」
「食器のことなら気にしないで。ボクとダディで片付けておくから」
は自分の言おうとしていた言葉を先読みして告げたヘンリーの言葉に安心し、すごい速さでバスルームへと走っていった。
「…ってよっぽど虫が嫌いなんだね」
片付けながら呟くヘンリーに私も苦笑しながら同意する。
「虫や爬虫類は女性にはあまり好まれないものだからな。…ヘンリー、欠片で指を怪我するなよ」
私とヘンリーは、こうして彼女の消えたキッチンで無残に散った食器を片付けることになった。


片付けも済んだ頃、ふと目に入った時計を見て思い出す。
「そういえばヘンリー。友人との課題の約束は大丈夫なのか?」
「…あ!もうこんな時間じゃん!もう出かけないと!…じゃ、慌ただしくてごめんねダディ。そういう訳だから行って来ます!」
「あぁ、気をつけて行くんだぞ」
「はーい!あ、ディナーまでには帰ってくるからね!!」
ヘンリーはに作ってもらったサンドイッチの山の入った大きなランチボックスとリュックを引っ掴むとバタバタと家を出ていった。
…まったくといいヘンリーといい、慌ただしい家だな。

しかしふと気がつけばこの部屋には私一人。
「久しぶりに」とかこつけて甘えようと出てきたのになんだかタイミングを逃がしてしまった。
ランチのサンドイッチは出来ているようだが、せっかくならと食べたい。
………することがないじゃないか。

さてどうするかと一人残された私は時間を持て余していたが、ふと再び思いついた甘えの口実を胸に部屋を出た―――。



「…そんなに腕を擦っていたら綺麗な肌が赤くなってしまうよ?」
感触が残っているのだろう、は石鹸をつけたタオルで一箇所を重点的に洗っている。
「!?―――ちょっと、ヴィゴ!何考えてるのよ!!」
「いや、放って置かれて少々寂しくなってしまったのでね」
そう、私は今バスルームのドアを開いている。
もちろん中にはが居た。

の体を見るのは当然初めてではない。
だか、何度見ても美しいと思う。
スタイルはもちろん、きめ細やかな肌は触れれば吸い付くようだし、私に躍らされてその肌が扇情的に赤く染まることも知っている。

「大人しく待っていようとは思ったのだけどね。久しぶりに甘えることを考えていたら我慢できなくなってしまったもんだから」
私がしらっと言うと、は呆れ顔になる。
「何バカなこと言ってるのよ、もー」
「君に拭いてもらおうと髪もろくに拭かずに出たのに、肝心の君が私を放って置くからすっかり首筋が冷えてしまったよ。…で暖めてもらえないかな?」
私はそう言うと、服が濡れるのも構わずそのままバスルームへと入り、そしてカランを抱き締める。
「…石鹸のいい香りがするね。でも正直この泡は邪魔だ」
そしてシャワーヘッドに手を伸ばすと、勢いよく湯を出し、の体を纏っている邪魔な泡を洗い流してしまう。
「…ヴィゴこそ濡れた服は邪魔じゃなくて?」
気を取り直したのか、挑戦的な瞳で私の首に腕を回して甘えてくるに、仕掛けた私の方こそクラリと目眩を覚える。


―――それからを私たちがどう過ごしたかは、想像にお任せしよう。
だが夜帰って来たヘンリーが、の代わりに夕食の仕度をするべくキッチンに立っていた私を見て一言、
「……ボクは3人で、の作る料理を食べたかったんだけどね…」
とこの日最大の呆れ顔で言われてしまったことだけは書き足しておこうか…。


                   
                               And that's all…?
                              


  2004.09.23


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初ヴィゴ夢。
そんでもって初ACTOR夢。
ついでに言えば超!!!久しぶりに一人称文。
クモの話をしたときに思いついた。
突発的な話のわりには実はさんが日本人だという出てもいない設定も決めている私(笑)
しかもさん(※頂いた時の名前は「セリカ」です)の漢字もちゃんとあります。
それは昔、もしかしたら私につけられていたかもしれない名前。
親父がTOYOTAの車種の名前を付けようとしていたらしい。うち豊田だしね!(実話)
このヒロインのまま次も書けたら書こうかななんぞと無謀なことを考えちょります。
ていうか、今回は書かなかったけどこれのエロが見たい?見たい!?私は見たい!!(笑)
バスルームに堂々と入ってくるなんてヴィゴったら男前!
でも一歩間違えればそれは痴漢……(言っちゃならんことを…!)

…終わっとけ。



管理人から一言
これは管理人の友人リヒトから頂いた貴重な小説です(笑)彼女、文才あるくせになかなか小説書かなくて…。
管理人も今回のこの小説のエロが見たいと懇願してますが、はてさて、どうなることでしょう?
リヒトへの感想を直接送りたいという方はリンクから飛べますのでそちらからどうぞwとっても喜ぶと思いますよw

リヒトさんへ
とっても貴重な小説を頂いてすっごい嬉しいわwこの続きを書いてくれるならいつでもここでアップさせていただき
ます♪リヒトの小説楽しみにしてるわwではでは!ありがとでした!!




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