「様!!どこに行ってらしたんですかッ?!心配したではありませんかっ!」
とっても綺麗な朝日を見てから、ボロミアと部屋に戻るなり、メアリーの激が飛んできた。
それも当然のことで、何も言わずに出て行った私が悪いんだけど…。
「メアリー、ごめんなさい;実は目が覚めてしまったから少し歩いてみようと―――」
「いや、メアリー。俺が勝手にを連れ出してしまったんだ。すまない。だからあまりを責めないでやってくれ」
突然ボロミアは私の言葉を遮ってそう言うと、メアリーに向かって深々と頭を下げた。
「ッ?!」
「ボボボボロミア様?!やや、止めて下さい!!私みたいな侍女に頭など下げないでくださいませッ!何もそんなに怒っているわけではないのですから…」
今まで怒っていたメアリーは、今度は真っ青な顔をして慌てふためきだした。
ま、確かにここ、ゴンドールの時期執政に頭を下げられるなんて、なかなかないだろう。
ボロミアはメアリーの言葉を聞くと、やっと頭を上げた。
そしてホッとしたのか、柔らかい表情を浮かべて「ありがとう」とお礼まで言っている。
何だか、普段人の上に立って働いているような感じには見えない…とさえ、思ってしまった。
「あ、あの…、ボロミア?」
私がボロミアの隣から見上げるようにボロミアを見ると、ニッコリと微笑んで私の頭に手を乗せ、ポンポンっと軽く撫でた。
『何も言わなくていい…』
そう言っているかのように。
「えっと…私はご朝食の用意をしてきますね。ボロミア様はこちらでご朝食は済ませられますか?」
「いや、俺は父上から呼び出されているから、後で部屋で朝食を取るよ」
「かしこまりました。では、様のご朝食の準備に行ってきます」
そう言ってメアリーは部屋から出て行き、残されたのは私とボロミアの二人だけになった。
とりあえず私は部屋に置いてあるティーセットを用意して、紅茶を淹れた。
「どうぞ」と紅茶を渡すと、ボロミアは無反応で目の前に置かれた紅茶をじーっと見つめている。
そうかと思ったら急にボロミアは私を見て、口を開いた。
「」
「はい?何ですか?」
さっきとは打って変わって真面目なボロミアの表情に、何だか嫌な予感がした。
「……」
なかなか話を切り出さないボロミアを、私もボロミアの正面の椅子に座って話すのを待った。
「…………いや、すまない。今はまだ言わない方がいいだろう。忘れてくれ」
「え?でも……」
「いや、本当にいいんだ」
何だか歯切れが悪い感じだったが、ボロミアの感じからしてもう話す気はないのが見て取れたので、私はそれ以上の追求はしなかった。
「それより、俺は今日、父上に呼ばれてるからいつここに戻ってこられるか分からない。もしの体調さえ良ければメアリーと中庭で散歩なんかしてきたらどうだ?」
そういえば!と、思い出したかのようにボロミアはそう提案してきた。
しかし、私はそうしたくても極度の方向音痴;
今朝の一件で反省したばかりなのに…
きっとまた戻ってこられなくなるのが分かるから嫌だ;
「…私、また帰って来れなくなってしまいます…;」
下を向いて小さく呟くと、ボロミアは「大丈夫だよ」と言ってきた。
「メアリーはだいぶこの城を分かってきたみたいだし、大丈夫だろう?ま、無理にとは勧めないから好きにするといいさ。一応父上の用事が済んだらこの部屋を覗いておくから、がいなかったら俺が探しに行ってやるからさ」
悪戯っぽくニヤッと笑ったボロミアに、プゥッと頬を膨らませて抗議したが、結局はあしらわれてしまった。
「絶対にボロミアを頼りにしないで帰ってきますから安心してください!!」
べーっと舌を出すと、ボロミアは笑いながら席を立ち、またもや私の頭をポンポンっと撫でて扉の方に歩いていく。
「アハハハハ!城の中で迷子になってるを見つけるのが楽しみだ。じゃ、また後で来るよ」
「もう、来なくていいです><!!」
私の言葉は、バタンッという扉の音で掻き消されてしまった。
「まったくもうっ!私には強い味方がいるんだから!メアリーだったら大丈夫!」
私は一人で呟きながら拳を作って気合を入れた。
「え?中庭ですか?」
「ええ!朝食を済ませたら一緒に行きましょう?一人じゃ心細いし…ね?」
「そうですね。様の気分転換も兼ねて、行きましょうか!」
「やったぁ♪」
私は朝食を運んできてくれたメアリーに、すぐさま「中庭へ行こう」と提案した。
このお城のことももう少し知りたいし、ボロミアとの事もある。
気分転換にもなるし、一石三丁とはこのことだ(笑)
私は素早く朝食を済ませ、準備をした。
と言っても、ちょっと着替えるだけだが。
クローゼットの中を開けると、いかにも「ドレスです!」と言っているような物がぎっしりと詰まっていた。
もちろん私たちが持ってきた荷物ではなく(オークと遭遇した為、ほぼ身、一つだった為)全てデネソール候が用意してくれていたものだったが、私はその中から一番地味なドレスを選び、クローゼットから出す。
白い少しレースのついたブラウスを着て、その上にダークブルーのベストを着る。
スカートはブラウスに合わせて真っ白な物にした…が、全てスカートの裾を引きずってしまうくらい長かった。
私は仕方なく、ベストの下で少しスカートを折って頑張ってみる。
「こんなもんかな?」
私は何とか不自然じゃないように皺を伸ばして鏡を見た。
ま、そこまで気にならない感じだったので、私は「よし」と確認して、丁度食器をさげて戻ってきたメアリーに「どう?」と聞いてみた。
「………様………」
「え?へ、変かな?」
メアリーの呆然とした顔を見て、私はもう一度自分の姿を鏡で確認した。
しかし、自分ではどこが変なのか分からない。
そしてメアリーを見ると、何だか瞳の輝きが違う感じがした。
「メアリー…?」
「もう!様は本当に私の自慢のお姫様です!何でも着こなしてしまうなんて!本当にお美しいです!」
メアリーは、自分のことの様に興奮して喜んでくれた。
「何よ、もー!ビックリしちゃったじゃない。でも良かった♪」
私には煌びやかなドレスは似合わない。
それは重々承知して、いつもシンプルなものを着ていた私にとって、「白」はとっても落ち着く色だった。
それに、私自身も真っ赤なドレスより、薄いピンクが好きだし、真っ青なドレスより、ライトブルーなどの原色より薄い色が好きなのだ。
でも、メアリーはいつも私に派手めな物を着せたがるので、ちょっと困る時がある。
と、まあ、そんなことは置いといて…
「それじゃー、行きましょう!」
私は張り切って部屋の扉を開け、左へと歩き出した…が…
「様!こっちですよ!!」
「ッ!!そそ、そうね///わ、分かってるわよ///さ、行きましょ」
…出だしから間違えるなんて…;
ま、中庭なんて行ったことないし…仕方ないわよね。
と、心の中で何とか自分を正当化してみちゃったりした。
その後はメアリーの後をついて行くように中庭までの道を覚えながら歩く。
いくつか角を曲がり、目の前に見えてきたのは緑に広がる芝生。
その中央には真っ白な枯れた木が1本、丁寧に囲われてそこにあった。
「あの木…真っ白…。何故かしら?」
「さあ?私にも詳しいことは全く―――」
「あら?見ない顔ねぇ?もしかしてあなたがローハンからやってきた方?」
急に目の前に現れたのは、とても綺麗な長い金髪で、誰もが羨むような美しい女性だった。
しかし、目の前の彼女の目はどこか冷たく、腕を組んでこちらを見ているせいか、態度も悪印象だ。
「…えぇ…、そうですが…貴女は?」
「やっぱりあなたが…。ローハンで恋人がいたくせに、その恋人が死んだからってボロミア様に近づくなんて、恐ろしい方ね?」
「ッ!!…な、何ですって?!」
「ボロミア様もボロミア様ね。こんな悪魔のような女、どこが良いのかしら?それとも…気に入られる為にどんな色仕掛けしたのかしら?」
「んなッ!私はそんなことしてません!一体何なんですか?!急に出てきてそんな酷いこと言うなんてッ!」
「あら?私をご存知ないの?では教えてあげますわ。私はボロミア様のフィアンセのラスフェルです」
このラスフェルと名乗った女性は、勝ち誇ったように私を見下してくる。
しかし、私は彼女の名前を聞いても、覚えがなかった。
それに、私だってデネソール候から縁談の話を持ち出されたのであって、言わば「婚約者」だと思っていた。
だが、ラスフェルの話が本当だとしたら、ボロミアには婚約者が2人いるということになる。
もちろんそんな話聞いてない。
ボロミアに婚約者がいるなら、私は何の為にローハンから危険を冒してまでゴンドールに来たのか?
ラスフェルの話で、私は一気に頭が真っ白になった。
「失礼ですが、ラスフェル様。何かのお間違えではありませんか?様はデネソール様に「ボロミア様の婚約者」としてここ、ゴンドールに招かれたのです」
「侍女ごときがこの私に意見するなんて!何てことなの?!ローハンでは侍女の躾もなってないなんて!」
一歩前に出て、呆然としていた私に代わって反論してくれたメアリーだが、そんなメアリーに向かってラスフェルは手を上げた。
「止めてッ!」
パシッ
「ッ?!」
「あッ!」
私の制止も聞かずに、ラスフェルの手が振り下ろされた瞬間、何者かによってその手が止められた。
「ボ、ボロミア様?!あ…あの、これは…」
そう、そこに立っていたのは怖い顔をしてラスフェルの手を掴んでいるボロミだった。
「ラスフェル殿。婚約は破棄になったはずだ。破棄になったのはのせいじゃない。俺が貴女を好きになることが出来ないからだと言ってあるはずだが?文句があるならではなく、俺に言うべきだろ」
「ッ!!酷いですわッ!私だってずっとボロミア様をお慕いしていましたのにッ!急に婚約破棄なされて、すぐに新しい婚約者なんて連れてきて!あんまりですッ!!」
「…それについては、ラスフェル殿には本当に申し訳ないと思ってる」
「申し訳ないなどといわないでください!余計惨めですわ…。私はボロミア様に愛されようと必死だったのに…教えてください!私のどこがこの方に劣っていると言うのです?!」
綺麗な金髪を振り乱し、泣き叫びボロミアに縋るように問いかけるラスフェルからは、本当にボロミアの事を愛していたのだと分かるくらいの悲痛な叫びが痛いほど伝わってきた。
しかし、ボロミアは手を上げようとしたラスフェルに対する態度は一向に変わることがなく、表情も冷たいまま。
でも、だからと言って私が口を出すところでないことは分かっている。
今私が口を出してラスフェルを庇ったところで、彼女からしてみれば「憎むべき相手から同情された」としか映らないだろう。
今初めて会った人だが、これ以上憎しみを抱いたまま生きて行って欲しくはない。
「貴女との縁談は父上から持ち出された話だった。だから俺だってラスフェル殿を好きになろうと努力した。しかし、結局は無理だったから婚約の破棄をした。別に貴女が劣っていると言うわけではない」
「…そう…ですか……では、この方のどういった所が…ボロミア様は好きになったんです?」
「それは…ラスフェル殿に教えることではない。それと今後、に近づくことは許さない。これは命令だ。ではこれで失礼する」
ボロミアは最後まで態度を変えることなく、突き放したようにラスフェルをその場に残して、私たちを部屋まで連れてきた。
「あ、あの…ボロミア…」
「………何だ?」
部屋についてすぐ、私はボロミアに話しかけた。
私の方に振り返ったボロミアは少し溜息をついて、椅子に腰を下ろす。
「えっと…まずは、メアリーを助けてくれてありがとうございます。それと、彼女…ラスフェル様のこと…確かに私は酷いこと言われました。でも、彼女の言いたいこと分かるんです。嫉妬する気持ちも。だから…あんまり責めないであげてください…」
私は下から見上げてくるボロミアに、何とか言いたい事をポツリポツリと確実に
伝えた。
その間のボロミアは一言も口にせずに黙って聞いてくれた。
「…分かった。がそう言うのなら、もうラスフェル殿を責めることはしない。もちろん今後城内で会ったとしても、普通の態度をとるよ」
少し呆れ顔で、苦笑しながらボロミアはそう約束してくれた。
「はい!ありがとうございます。…好きな人に嫌われるのは辛いから…きっと彼女も後悔してると思います。だから大丈夫ですよ!彼女は立ち直れます」
「ハハハ。そうだと良いな。しかしはお人好しだぞ?あんなに酷いこと言われたのにも関わらず、どうしてそんなすぐに相手を思いやることが出来るのか…俺には出来そうにないな(苦笑)」
ボロミアはそう言ってメアリーが持ってきてくれた紅茶を一口飲んだ。
私も、何も言わずにボロミアの前の椅子に腰をかけ、紅茶を飲む。
それ以降、私たちは特に話をするでもなく、ゆっくりとした時間を過ごした。
会話がなくても、何故かこの空気がとても自然でどこか癒される感じがしたが、それも後数日で終わってしまう。
それ故、私はそう思っても口には出来ずにいた。
だって…ここ、ゴンドールに留まる事はできないから。
「彼」の思い出の詰まった故郷を捨てることは、今の私にはまだできないから…。
いつまで経っても、ボロミアを「彼」と比べてしまう自分がいるから…。
それより何より…「彼」以外の人と幸せになることが…怖いから…。
大丈夫だよ…。
私は貴方の元へ帰るからね…。
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