私たちはお互いのお気に入りであった「ライナス」へ来ていた。
携帯の着信はもちろんシャルとキャシーからガンガンかかってきていたが、まぁ、逃げ出した私としては想像できていたので溜息だけでかけ直すなんてことはしなかった。
そして念のためと思い、ライナスのマスターにもキャシーたちが来たら私たちはいないと言ってもらえるようにお願いしたのだ。
最近ライナスへとよく顔を出す私たちはマスターとも仲良しで、その私とオーリィが二人で来るとは思っていなかったらしく、最初は驚いていたが…「何だ!二人は恋人同士だったのか!それならそうと言えばよかったのに!」なーんて、興奮しながら言ってきた。
「いや、マスター…。期待を裏切って申し訳ないけど、俺たちは別に恋人同士じゃないよ?今日友達になったんだ♪」
「何だ、そうなのか?いや〜、若いっていいなぁ!俺ももっと若い頃は結構モテて、ガールフレンドなんて沢山いたぞ?」
「へ?あ、うん。でも、僕らは友達―――」
「そっかそっかぁ。恋って良いもんだよな!俺もまた恋がしたいぜ!」
「「………」」
そう、ここのマスターは体はすごいガッチリしてて強面なわりに、すっごく面白くてとっても優しいひとなのだ。
だけど、こうして一人で暴走することも多々あって…(苦笑)
結局丁度空いていた店の一番奥にある、死角になっているテーブル席へと私たちは腰を下ろした。
しかし、ここの店はカウンター席が10席と、テーブル席が5つしかないのだ。
あとはみんな大音量でかかっている音楽に合わせて踊る人が殆どである。
私たちが座った席には前に2人の男の人が座ってお酒を飲んでいて、相席という形になっている。
「やだもー、オーリィったら!本当にそんなことしたの?!」
「だってマイクの奴、いっつも俺に恥じかかせるんだよ?!たまには俺だって仕返しと思ってさ♪」
お酒が進むにつれ、基本的に喋るのが好きな私たちは学校でのいろいろなことを話し出し、今はオーリィが親友のマイクに仕掛けた悪戯について聞いていたのだ。
しかし、その悪戯と言うのがまた…小さいの何の!(笑)
みんなで演技の練習をするのに、待ち合わせ時間より早く来たマイクがパイプ椅子で爆睡していたところにやってきたオーリィ…。
いつも時間ギリギリに来るオーリィは毎回マイクたちに何かしら小道具などに悪戯され、恥をかいていたため、久しぶりに早く来たオーリィは「これぞチャンス!」と言わんばかりにマジックを手に取った。
その結果は分かりきっているであろう。
その日のオーリィの顔には青あざがクッキリと浮かび、演技の練習どころでなくなったのは言うまでもないことを…。
今でこそそのあざは消えてなくなっているが、オーリィの話し方からして、相当大きなあざになったらしい(苦笑)
大げさに話すもんだから、それがまた楽しかったりするのだが。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
オーリィは不意に席を立ってトイレへと歩いていった。
その間私は踊っている人たちを見ていたが、急に前に座っていた男の人たちに声を掛けられた。
「なぁなぁ、あんな男が相手じゃつまんなくない?俺らと遊びに行こうぜ?」
「きゃっ!い…嫌ですっ」
何だか気持ちの悪いニヤニヤした感じの顔をしながら、片方の男が急に私の肩を抱いてきたのだ。
私はその腕を振り払い、席を立とうとした。
「おいおーい、どこ行くんだ?俺らだったらもっと楽しくさせてやるからさぁ。な?俺らと行こうぜ?」
「ちょ、止めてくださいッ!離して!」
無理矢理手首を掴まれ、そのまま連れて行かれそうになり、私は思いっきり踏み止まった。
「?!オイッ!!お前ら何やってるんだよッ!その手を離せッ!」
私を連れて行こうとした男たちと私の間にオーリィが入って、掴まれていた腕が自由になった。
しかし、目の前では何だかとっても険悪なムードが流れている。
「あぁん?お前は引っ込んでろよ!俺たちはこれからその女と遊ぶんだからよぉ!」
「んなッ!!」
「止めろッ!はそんな女の子じゃないッ!お前たちこそどっか行けば良いだろ?!」
私は思わず「ふざけないでよッ!」と叫ぼうと思った瞬間にオーリィが私の腕を引っ張って、男たちから見えないオーリィの後ろに立たされた。
そしてオーリィが言ってくれた「そんな女の子じゃない」と言う言葉が、何だか妙に『分かってもらえてる』気がして、嬉しく感じた。
しかしこの目の前の男たちは酔っ払っているため、オーリィがいつ殴られてしまうかと冷や冷やしていたそんな時…
「おい、小僧ども。俺の店に入る前に看板読まなかったのか?俺の店ではナンパ禁止。それに喧嘩も禁止だ。それを分かってても分かってなくても、俺の店で喧嘩をしようとするならまずは俺が相手してやる。どうだ?」
仲裁に入ってくれたのは他でもない、このライナスのマスターだった。
マスターは酔っ払い同士の喧嘩なんかでも、よく仲裁しているのを見かけたことがあった。
中にはマスターにまで食って掛かる人がいたが、その全てがマスターに「お仕置き」されて帰る羽目になっていたのだ。
「ちッ!何だよこの店!あー、酔いが醒めた。気分悪いから他の店行こうぜ?」
「ああ、そうだな。こんなイカれた店、二度とこねぇよッ!」
マスターの凄みを目の当たりにして、男たちは負け惜しみを言いながらもそそくさと足早に店を出て行った。
「ふんッ、お前らなんぞ二度と来なくていい」
マスターは男たちの後姿に向かってそう言った。
「、大丈夫だった?!ごめんね、俺がトイレなんかに行ったせいで…」
「私は大丈夫。別にオーリィのせいなんかじゃないわ?気にしないで?あ、マスター、ありがとうございました」
オーリィの後ろに立っていたマスターにとりあえずお礼を言うと「いや、君が無事で何よりだ」と微笑みながらカウンターへと戻っていき、一瞬騒然としていた店内もまた賑やかになってきた。
「、本当に大丈夫?腕、赤くなってる…」
オーリィは私の腕を取って見るなり、悲しそうな表情をした。
「うん、そんなに痛くないし…本当に大丈夫よ?そんなことよりも…私のためにありがとう。凄い嬉しかった…」
「いや、結局はマスターに助けられたし…俺は何にもしてないよ;」
「―――ううん、オーリィが私を助けてくれたんだよ?ありがとう!」
私はまさかオーリィが「俺は何もしていない」と言うとは思わなく、一瞬目が点になった。
が、私は素直に思ったことを口にした。
「さっきのオーリィ…すっごいカッコ良かった」
「え?」
オーリィは目をパチパチさせ、フリーズした後にようやく脳に達したのか、顔を真っ赤にした。
でも、本当にそう思ったんだもん。
駆けつけてすぐに私が掴まれていた手を振り払ってくれた。
その勢いが、本当に心配してくれたんだって分かったのだ。
そしてオーリィが私を引っ張って助けてくれた時のあの手の温もり…。
公園まで走ったときは思わなかったのに、今は凄くドキッとした。
出会ってすぐのオーリィが、今では自分でも不思議なほどドキドキする存在になっている。
いやでも、もしかしたら助けてもらったからドキドキしてるのであって、このドキドキは恋ではないかもしれないし…
うん、きっとそうだ。
今までこうやって男の人に助けてもらったことなんてなかったから…だからだ。
私は自分でそう思い込むことにした。
だって私はどうしても恋には慎重になってしまうから。
もう、以前のような辛い思いは味わいたくない。
「オーリィ…もう…帰ろ?」
私はそれ以上、何も考えないように未だに顔を赤くしているオーリィに言った。
「え?あ、ああ、うん。そ、そうだね…あ、送るよ!」
そう言って、今度は自然とオーリィが手を握ってくる。
ドキッとして私は手を引いてしまいそうになったが、ニッコリと微笑んだオーリィの顔を見て「もう少しこのままでもいいかな…」なんて思ってしまった。
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