「ここなの」
ライナスを出た私たちは5分もしないで私のフラットへ到着した。
何だかライナスを出てからのオーリィは話しかけても笑顔を向けてくるだけで、ほとんど会話もなく家に着いてしまったのだ。
「あ、そ、そうだよね。ベーグルショップの上って言ってたもんね」
オーリィは俯きながらそう言うと、繋いでいた手に少し力が篭った。
「…オーリィ?」
何だかオーリィの様子がおかしくて、顔を覗き込もうとした瞬間にそっと繋いでいた手が離れ、今までオーリィの温もりでいっぱいだった掌が夜風に当たって一瞬で冷たくなった。
「じゃあ…おやすみ!」
パッと顔をあげたかと思うと満面の笑みを浮かべ、左手をジャケットのポケットに入れ、寒さからか首をジャケットにすぼめながら1〜2歩下がって手を振ってきた。
私は呆気にとられつつも少し微笑んで手を振り返す。
それを見たオーリィは右手もポケットに突っ込むと、私に背を向けて歩き出した。
……これでもう…会えないのかなぁ…
私は次の約束をしていないことに気が付いたが、断られるのが怖くて言い出せないでいたのだ。
えぇい!ダメもとだ!!
「あ、あの!!」
「あのさぁ!」
緊張した為か、声が上ずってしまったが、それはクルッと振り返ったオーリィの声と交じり合った。
「プッ!」と噴出するオーリィを見て、私も笑う。
「からどうぞ?」
「え?ううん。オーリィから言って?なに?」
私たち二人の距離は空いたままだが、何となくオーリィの気持ちが伝わってきた。
「またと会いたいなぁ!」
オーリィは叫ぶように大きな声で二カッと笑いながら言うと「どう?」と聞いてきた。
だから私も二カッと笑いながら「私も同じこと言おうと思ってたの!」
私の返事を聞くと、「OK!」と言ってオーリィは満面の笑みを浮かべてからまたクルッと方向転換すると、スキップしながら暗闇の中へと紛れて行った。
私はしばらくオーリィが姿を消した方を見ていたが、寒くなったので急いで部屋へと階段を駆け上った。
鍵を開けて部屋に入ると部屋は朝のままなのに、何故か今まで以上に居心地がいい場所になっている感じがした。
そのままの状態でベッドへとダイブすると、布団を頭から掛けて思い切り叫びたい気持ちになったが、さすがに近所迷惑なので止めておいた。
何分か、何十分か…
はたまた何時間か…
私はずっとベッドからボーっと天井を眺めていたが、思い立ったようにバッと起き上がり、バスルームへと向かった。
キュッとコルクをひねると、しばらくしてから熱いシャワーがでる。
頭から顔から一気にシャワーをかけると、ボーっとしていた頭がどんどん覚醒してきた。
もう、恋なんてしない…そう誓ったのに、今日初めて会った人に惹かれ始めてる。
その戸惑いや不安で、動揺してきた。
きっと次に会ったら本当に好きになってしまう気がする。
オーリィの笑顔が頭から離れない。
でもその反面、日本にいた時に起きた嫌な出来事が頭をかすめるのだ…。
私は大きな溜息をつき、シャワーのコルクをひねった。
考えるのは止めよう。
きっとなるようになる。
私はそれを受け入れればいいだけなんだから…。
ふぅっと一息つき、バスローブを羽織ってからタオルで髪の毛を拭く。
私は腰までは行かないにしろ背中の中ほどまである髪を乾かすために、テーブルの下に無造作に置いてあるドライヤーを手にとって乾かした。
きっと明日は問い詰められて大変だろうな…;
それを思うとちょっといや〜な感じがしたが、さすがにあんな逃げ方をしたら誤魔化すわけにはいかなそうだし…。
「はぁぁぁぁぁ〜」
私は特大な溜息をつくと、髪の毛も半渇きのままドライヤーを止めてベッドへ入った。
時計を見るともうすぐ1時を指そうとしている。
明日は3限目からだから少しはゆっくり出来そうだな…そう思ったときにはストンと夢の中へと落ちていった。
プルルルルッ プルルルルッ プルルルルッ
「ん〜…だぁれよぉ…」
枕元に置いてあった携帯がマナーモードにするのを忘れていたために特大な音で私の安眠が妨害された。
目は瞑ったまま枕元にある携帯を手探りで探し、相手を確認せずに通話を押すと、とても聞きなれた声が耳に入ってきた。
そう、シャルの声だ。
「もしもし、?やっと出たわね。あんた今何時だか分かってる?」
「ほえ?…何時って…ふぁ〜〜…」
私は欠伸をしながら少しずつ目を開け、近くに置いてある目覚まし時計を見た。
「…えッ?!ウソッ!!私寝過ごした?!」
「あら、本当に気が付いてなかったの?全く呆れちゃうわ」
私は何度も時計を見直したが、どう見ても4時30分を指している。
寝過ごした所か、もうとっくに授業は終わっている時間だ。
「何で〜!!何で目覚まし鳴らなかったのよ〜!ちゃんと夕べセットしておいたのに」
私はショックと焦りで涙が出そうだった。
「、自分で消しちゃったんじゃないの?私の電話だって昨日から今日までずっと出なかったしさ」
シャルは少し嫌味を込めて言ったつもりらしいが、私はそれに気が付かずにオタオタしていた。
「ねぇ、。ちょっと話したいことがあるんだけど、これからそっちに行って良い?」
「え…?でも…」
バイトも2連休で休みだったから良かったものの、今起きた私にとって何も掃除してない部屋に来られるのはちょっと気まずかったが、シャルがこうやって『そっちに行っても良い?』って言うときは決まってすぐ近くにいるときなのだ。
「もう、近くなのよ」
やっぱり…;
「…分かったわ。だけど5分待って。その間に準備するから」
私がそう言うと、シャルは「OK」とだけ言ってプツッと電話が切れた。
私は急いで着替えてからテーブルの上に置いてあったマグカップやチョコレートの箱などをキッチンへ持って行き、床に散らばっていた洋服を手際よくクローゼットへとしまいこんだ。
軽く化粧をして、時計を見るとあと2分ほどでシャルが来る時間だ。
私はポットにお湯を沸かして、シャルが好きだと言っていた両親から送ってきた日本緑茶を淹れる用意をした。
あと1分。
「うわッ!髪の毛が乱れてる!」
急いで洗面所に行って大雑把ながらも櫛を通すと、すぐにまっすぐになった。
癖がない髪だから、こういうときはとっても助かるのだw
ピンポーン ピンポーン
チャイムが鳴り、シャルが到着したのを知らせる。
私はこの後の話の内容が分かるだけに、少し顔を強張らせながらも笑顔でドアを開けた…。
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