「忘れ物はないか?」



旅に必要最低限のものをバックに詰め込み、肩にぶら下げていた私を見て、アラゴルンが声を掛けてきた。



「うん。私には大して荷物はないから大丈夫♪」



「そうか。それならもうそろそろ出発するぞ」



私はエルロンド卿やアルウェン、他にこの裂け谷でお世話になったエルフの人たちに無事に指輪を葬って帰ることを約束し、出発した。



裂け谷を出て四日。私たちは森の中を歩いていた。



「ガンダルフ〜、僕もう腹ペコで死んじゃうよ〜!!」



「ピピンの言うとおり、僕も腹ペコ!ガンダルフ〜、ここら辺でお昼にしようよ〜」



元気なホビット二人組み、メリーとピピンが先頭をいそいそと歩いているガンダルフに向かって提案した。


そうしてガンダルフは立ち止まり、空を見上げる。



「…ふむ。それではこの辺で休憩するとしよう。」



ガンダルフに習って私も空を見上げてみる。


すると、太陽の位置は真上より少し傾いていて、お昼が過ぎたことを知らせていた。



「ヤッター!!お昼だ〜。サム、早くお昼ごはん作って〜」



ピピンはサムに早く早くッと催促している。



「分かってますだ。旦那たちは薪を拾ってきて火を焚いてくだせぇ。おらはその間に用意してますだ」



そう言うが早いか、サムは馬のビルに持たせている食料を取りに行った。



「あ、サム。私も何か手伝うことある?」



ここは一応女としてサムの手伝いをするべきだと思い、サムの隣に並んだ。



「そうですねぇ、ここら辺に川があれば水を汲んできて欲しいですだ」



「……分かった」



料理の手伝いをしようと声をかけたのに、水を汲みに行って欲しいといわれショックを受けた。


「ねぇ、アラゴルン。ここら辺に川とかってあったりする?」



サムの言いつけ通り一応川を探そうとアラゴルンに聞いてみた。



「あぁ、そこの茂みをちょっと行ったところに泉があるが…」



そう言うが早いか、私はアラゴルンにお礼を言って茂みへと入っていった。


チャポンッ

すぐ近くで水の音が聞こえた。



「お、ここらへんかな?」



雑草が覆い茂っているのを掻き分けて突き進んでいくと、急に雑草がなくなり、目の前にはとても綺麗に澄み切っている泉が現れた。



「うわー、キレイ〜」



泉に向かって一歩一歩進むと、泉の畔に何か黒い塊があった。



「ん?何あれ??」



恐る恐る近づくと、その大きな黒い塊が動き出した。



「な、何?!」



よく見るとそれは、足を怪我して動けなくなっている野犬だった。


その野犬と目が合うと、歯を剥き出しにして唸り声をあげて、威嚇してきた。



「お前、怪我してるじゃない。私が手当てしてあげようか?」



脅かさないように少しずつ近寄っていく。



「大丈夫。私はお前に危害は加えないよ?ね?」



何故だかこの子を助けたい。


とてもそんな衝動に駆られ、このままにしておけなくて野犬の近くに腰をおろした。





「グルルルルッ」



「大丈夫。大丈夫だよ」


どれくらい言い聞かせたか。いつの間にか警戒心がなくなり、触らせてくれるまでになった。



「いい子だね。今怪我の手当てしてあげるからね」



目の前の泉から水を汲み、傷を洗い流してやると、喧嘩でもしてきたのか酷く噛まれた後があった。



「ッ!!…痛かったね。痛かったよね。今治してあげるからね」



そっと傷口に手をあて、頭の中で強く念じる。すると、徐々に傷が小さくなっていく。
















「クッ…――ハァ、ハァ、ハァ…ちょっと…力使いすぎちゃったかな;」



小さな傷口だったら手を当てるだけで治るものがほとんどだが、今回は別だった。


どのくらいの力を消費してしまうのかは見当もつかなかったが、助けたいという思いが強かったため、出来うる限りの力を使った。













思いのほか多くの力を使ったため、助けた野犬の傍らに仰向けに体を倒した。



「アオォォォォォン」



なんとか傷口が塞がった野犬は、立ち上がることが出来た。そして大きな声で遠吠えをする。




今度は野犬の方が心配してくれているのか、顔をペロペロと舐めてきた。



「アハハ。くすぐったいよ」



!!」


二人でじゃれあっていると、急に草むらから現れた人物に怒鳴られた。



「あ…アハハハハ;ボ、ボロミア…」



いつまでも帰ってこない私を心配していたのか、ボロミアはずんずんと私に近寄ってきた。


!帰ってこないと思って探してみればこんなところで寝転がって―――」


私の傍らに来るまで気がつかなかったのか、私の隣にいる野犬を見た瞬間にボロミアの勢いが止んだ。



「ゴメンね;我慢できなくて力使っちゃったんだ。この子、酷い怪我してて――って聞いてる?」



一見私を見て立ち止まったように見えたが、実はボロミアの目線は私の傍らにいる犬に集中している。


「おぉーい、ボロミア??」


まだ体に力が入らないため、下から見上げる形でボロミアを見つめる。


「―――あ、あぁ…い、いや……、その――そこにいるのは何だ?」


ボロミアは真っ青になり、額に汗を浮かべて聞いてきた。


「何って…犬だけど?怪我してて――」

「そうじゃない!何でがそんな犬を助けたんだ!…いや…いや、そうじゃない。クソッ俺は何が言いたいんだ!!」


「ボ、ボロミア??もしかして…犬が嫌い…とか??」


「うっ…;いや、嫌いではないが…苦手だ」


正直に白状したボロミアは、今度は顔を真っ赤にした。


「さ、…みんなが心配してる。戻ろう…」


そういって恐る恐る私の傍らに跪き、私をお姫様抱っこした。


「えぇ?!ボ、ボロミア!!ちょっと待って!!これはいくらなんでも恥ずかしいよ!肩貸してくれれば何とか歩けるから下ろして!」


しかしボロミアは犬の方に集中しているのか、わざと無視しているのか分からないが、私を下ろしてくれる気配がなく、そのまま走り去ろうとしたのか、茂みの方に体の向きを変える。

すると…



「ヴォン!ヴォン!!」

と、犬は私たちを追いかけてきた。



横たわっていた時も大きいと思っていた犬だったが、立ち上がると想像していた大きさよりもっと大きく、狼のような綺麗なグレーの毛並みが走るたびにフサフサと揺れていた。





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